【藤城アンナ】インタビュー前編:アイドル時代を振り返って得たもの

2021年1月に日本武道館でのアイドルグループ解散を経て、モデル・ミュージシャンとして活躍中の藤城アンナさんにHiRToがインタビューを実施!前編・後編の全2回で人間・藤城アンナの魅力に迫る。

前編では「デビューのきっかけ」や「アイドル時代を振り返って得たもの」「ミス・スプラナショナル日本大会」等に関して語っている。

【デビューのきっかけ】

--まずはデビューのきっかけを伺います。アンナさんは藤城アンナさんとしてデビューされたんですか?

藤城アンナ(以下、藤城) そうですね、アイドルとしての芸名が藤城アンナで、それまでは美容室でのサロンモデルとか。

--似合いそう(笑)

藤城 (笑) それが1番目で、大学3年生の時にアイドルになったんですけど。

--そうなんですか。

藤城 学生しながら、たまに何かお小遣いもらえるみたいな感じでサロンモデルをしてる感じで。あとは仲のいいバンドのMVに出たりとかそういう程度の活動だったんですけど、ちゃんとアイドルとしてステージに立つようになったのが大学3年生で。就職活動が嫌で、何かやりたい仕事がなくて、当時好きだったアイドルのオーディションをやってたんで、それを受けて、1個目は落ちちゃったんですけど2個目で受かったので、そこで藤城アンナという名前でデビューしました。

--アイドル活動に対しては、興味はお持ちだったんですか?

藤城 いや、全くなくて。ずっと見に行く側というか、可愛い女の子が好きで、アイドルとかもずっと追っかけてて、それで「就職活動いやだな」って思ったタイミングで、たまたま好きだったグループが募集してたので。

--運命ですね。

藤城 そうですね、何か受けてみようかなっていう。今までだったら「あ、新メンバー入るんだ」ぐらいだったんですけど「受けようかな」っていう気持ちに初めてなって、自分でもそのとき行動力が起きたのはびっくりしたんですけど(笑)

--就職がよっぽど嫌だったんですね(笑)

藤城 よっぽど嫌だった(笑) やりたい仕事がなかったんですよねとにかく。

--大学のときは何を専攻されてたんですか。

藤城 服飾で。

--服飾だったんですね。

藤城 作る方の学科だったんです。

--服にもすごく興味があるということですか。

藤城 はい。すごく服が好きで古着屋さんでアルバイトしたり、改装前の渋谷パルコでバイトしたりしてたんです。

--そっちの業界に行ってもセンスがありそうですね。すごい多才な方だから行けそうな気がします。

藤城 いや、そんなそんな。何かやっぱり、大学通ってアパレルってなるとどうしても販売員からのスタートなので。

--いきなりファッションデザイナーになれるわけじゃないんですか。

藤城 なれるのは結構限られてる人々なので、私スタイリストになりたかったんですけど、スタイリストも結構その下積みというか、お師匠さんのもとでっていうのが結構長くて「かなり厳しい」っていう話を周りから聞いて、そこまでしてやりたい仕事なのかなあって思って。何かブランドも当時そんなに詳しくなかったので、よくわからないブランドの販売員していくのやだなっていう風に思って、就職が嫌だなっていう。アパレル業界の嫌なところじゃないけど、あんまりその時良いところを見いだせなくて、という感じですね。

--なるほどですね。その選択合ってたと思いますよ。

藤城 いま思えばそうですね。

--本当に天性の才をここでうまく、運命の糸を手繰り寄せたんでしょうね。

藤城 だと信じたいですね。

【アイドル時代を振り返って得たもの】

--アイドルグループCY8ERでは1月に日本武道館で解散されましたが、アーティストとして武道館という頂点のステージを経験された、この時代を振り返って得たものはどういうものがありますか?

藤城 それこそ運命的だったなっていう出会いがいっぱいあって、私アイドルグループのCY8ERが三つ目のグループで。

--三つ目なんですね。

藤城 そうなんです。1個目のグループは割と大変だったけど、学びも多くて。そこで結構根性とかいろんなものを培ったんですけど、二つ目のところが事務所がいわゆる闇事務所みたいなところで。

--(笑)

藤城 結構しんどい期間を過ごして、でもその私をたまたまCY8ERの社長の「りなはむ」が見てくれてて「何かこの子もったいない」みたいな「こんなところにいたらもったいないからどうにかしてあげたい」みたいに思ってくれたみたいで、そのCY8ERに誘っていただいたので当時はつらかったですけど、無駄じゃなかったなというか、つらい時も何かに繋がるんだなっていうことを学びました。

--そういう苦難を乗り越えたからこそ、自分が成長するという土台はありますよね。

藤城 そうですね。

--僕のアイドルグループのイメージはグループ内で女の子同士だから大変なんじゃないかなと思うんです。一番最初に入られた時はまだ大学生の時ですもんね。

藤城 大学3年生だったので。

--意見の対立とかあったりしました?

藤城 1個目のグループはディレクターが変わった方だったんで、ディレクターとの戦いだったんですね。メンバー同士頑張ろうじゃなくて、各々がディレクターと戦ってる感じであんまりメンバー同士の言い合いはほぼなくて。まとまりはなかったです。面白い、狂気的、カオスだったんですけど、面白いグループであったとは思うんですけど、私は楽曲がすごく好きだったので。

--そうなんですね。例えば大学生からアイドルになるって、踊りとか、アイドルらしい振る舞いとか求められたりするじゃないですか。

藤城 はい。

--ダンスレッスンとか、そういうものに対しての違和感とかありませんでしたか?

藤城 最初のグループは結構こうしろああしろっていうキャラ指定が多くて、やめた原因がそれだったんですよ。

--一方的なキャラ付けが。

藤城 キャラ付けが、違和感が凄すぎて、どうしたらいいんだろうという葛藤で。

--私じゃないみたいな。

藤城 そうですね。CY8ERはセルフプロデュースなので大人に左右されず、キャラ付けもされないので自分らしく活動することの出来るグループだったので。

--自分の演出をしっかり、自分っていうのはどういうポジションでこういう風にしていこうと。

藤城 そうですね。それが難しくてすごく悩んだ時期もあったんですけど、最終的には自分が自分らしく活動できたので本当に楽しくてっていう感じでした。

【モデルとして~2020ミス・スプラナショナル日本大会3位】

--その傍らで、2020年にはミス・スプラナショナル日本大会でなんと3位になるという快挙を成し遂げました。

藤城 はい。ありがとうございます。

--こちらにもチャレンジしようと自分の中できっかけがあったんですか。

藤城 そうですね。そのミス・スプラナショナルが、アイドルミスコンという「アイドルから世界5大ミスコンに羽ばたける人材を探そう」という企画がありまして、CY8ERにおそらくそのオファーが来て、社長の苺りなはむちゃんから「ミスコンだったらアンナじゃない?」って言ってもらって。その時、自粛期間だったんですよ、4月か5月ぐらいにその話が来て、最初は正直ミスコンに何の興味もなかったんですけど。

--そうなんですか。

藤城 ただそのページを見てみたら、私ポーランドと日本のハーフなんですけど、その世界大会がポーランドで開催と書いてあって「アイドルでミスコンでポーランド」と言ったら私しかいないじゃんと思って、ちょっと運命じゃないけど。

--その線はちゃんと繋がってますよね。

藤城 そうですね。これだったらやってみたいなっていう気持ちで。

--チャレンジしたと。

藤城 最初はそうですね。そんなにも「行くぞ!」っていうよりは「あ、じゃあやってみようかな」っていうぐらいの感じだったんですけど。

--ミスコンってすごい厳しいイメージがあります。ウォーキングとか。

藤城 いやぁ、そうなんですよ。それが怖かったんですけど。

--でも、もうアンナさん自体は美人だし、スタイルもいいから、見た目は全然OKだと思うんですけど、求められるウォーキングや振り付けも初めてですよね。

藤城 そうですね、ウォーキング全くしたことがなくて、モデル活動はしてたんですけど、ファッションショーも本当に小規模で、ちゃんとレッスンについてみたいな事がなかったんで、しかも体型も結構たるんじゃってたんで3ヶ月で8キロ頑張って落として。

--きついですね。3ヶ月8キロって相当しんどいですよ。

藤城 めっちゃ筋トレしてみたいな(笑)

--(笑) 筋トレは今まであんまりしてなかったんですか。

藤城 最後お尻で100キロ持ち上げられるくらい、頑張って筋トレして。

--それはすごい!

藤城 はい。その時も、アイドルミスコンって企画が、ファンの方に投票をお願いするものだったんです。このご時世なんで、SNSで自分をアピールして投票で1位と2位になれた子が出れるという企画だったので、それでファンのみんなもそのライブがなくて私達を応援したくてもしづらいみたいな状況の時に「アンナちゃんが挑戦してくれたからみんなで一致団結できたよ」って言ってもらえて。ほんとにいいファンの方々で。

--嬉しいですね、そんなふうに言ってもらったら。

藤城 「こんな時にそういうお金使うイベントやってどういうつもりなの?」みたいに言われるかなって思ったら、本当にみんな前向きに捉えてくれて、私推しじゃない人、私じゃないメンバーが好きな方もすごい協力してくれたりして、何とか出れて。

--嬉しいですね。

藤城 最初はちょっと軽い気持ちじゃないけどノリというか、やってみようの気持ちで受けたんですけど「これはみんなに恩返ししないと」と思って。

--本気スイッチ入りますよね。

藤城 はい。その3ヶ月で8キロ頑張って痩せて、結果を残したいと思ってなんとか3位と。1位取れなかったのは悔しいですけど。

--3位でもすごいですよ。本格的なものを初チャレンジで。

藤城 そうですね、本格的にやったのは3ヶ月ぐらいですね。

--8キロ痩せるってかなり大変です。人生で3ヶ月で8キロ痩せたの初めてですよね?

藤城 3ヶ月で8キロは初めてですね(笑)

--食事制限、筋トレ、この二つってしんどいでしょう。

藤城 でも痩せていくとやっぱり楽しいというか、そのドレスを着るのもほぼ初めてだったんで。楽しかったです。どんどん女の子になっていくというか、あんまり体のラインが出る服を着たことがなくて…

--そうなんですか。

藤城 アイドルの衣装も。そうですね。

--アイドルの衣装もふわっとしてる感じがします。

藤城 なので、結構初めてに近いというか、がっつり腕出して、デコルテ出してというのが初めてだったんですけど、そういうのも楽しかったです。

--それが一つの転機に繋がってることですね。

藤城 やっぱりこのアイドルを解散して、アイドル卒業してもモデルやりたいなって思ったのは、このミス・スプラナショナルがきっかけで、それまではもう終わったら芸能はやめようかなぐらいに思ってたんで。

--そうですか。

藤城 6年間アイドルやって、武道館で解散してもうやりきったというか。

--ある意味頂点という感じですね。

藤城 そうですね、それで全部終わらせた方がいいのかなって思ってたので、すごく転機でした。何か頑張ったら、いろんなことできるんだなって思えたので。

--なるほど、その経験がすごいもんですよね。普通の人は味わえないじゃないですか。モデルやってても、そこに到達できる人ってほんの一握りだと思うんで、アーティストも経験してるし、モデルの世界も経験してるっていうのは、得たものが大きいと思うんですよね。

藤城 1年の間にいろんなことを経験しました(笑)

【自信が無かった自分】

--その心境の変化って、さっきのファンの方がその後押ししてくれることによって本気スイッチが入ったとおっしゃってましたが、考え方が変わったりしましたか?

藤城 より前向きになりましたね。アイドルやるまでは、毎日自分のことブスって思ってるぐらい後ろ向きでした。

--自信なかったんですか?

藤城 自信なくてずっと。勢いでアイドルになって、こんな自分でも応援してくれる人がいるんだっていうので、ちょっとずつ自分を…。こうなりたいああなりたいみたいのが多すぎたんですけど、ちょっとずつ克服していって、CY8ERに入って「自分は自分のままでいいんだな」って思えて。ミス・スプラナショナルに挑戦したことで「何か頑張ったらもっとなりたい自分になれるのかな」っていう前向きな気持ちになりました。

--ハーフの方って、僕らから見ると幼少期からかわいくて、妖精のようなイメージがあるんですね。一方的なんですけど。

藤城 そうですよね。

--そういうアンナさんですら、自信がなかったっていうのは、意外でしたね。

藤城 そうですね、確かに今こうやって話すと、そんなことないでしょって言われるんですけど。

--小さい時は自分に自信がなかったんですね。

藤城 なかったですね。芸能やろうとも全く思ってなかったので。

--自分で実感としてモテ始めたという記憶ってないんですか?僕のイメージでは中学ぐらいから相当モテただろうなと思ってますけど(笑)

藤城 いや、全く。今もモテてないんですよ。

--今はね、レベルが上すぎて「こんな俺でいいのかな」ってびびってる人がいるんですよ。

藤城 よく言われるんですけど、それもないので。

--そうですか。もしくは何か鉄壁の社長ガードとか(笑)

藤城 いやいやいや全然そんな(笑)

--モテ期ってなかったんですか。

藤城 モテ期って、ないですね。友達から聞いてると「えっそんなに告白ってされるものなの?」っていう「このまえ告られてどうのこうの」みたいな。「そんな告られるんだ人って」という感じです(笑)

--自分ではそこまでじゃないけど、いろんな経験を通じて、自分に自信も持てるようになったってことですよね。

藤城 モテることが全てではないと、モテるならモテたいけど(笑) でも別にその自分がやりたいことで、ちょっとずつ結果が出ていればそれでいいのかな。

--ご自身がやられてることで、その周りの方が共感してくれたり、いいねとか言ってくれたら嬉しいですよね。

藤城 自分が何かをするときに後押ししてくれたり、応援してくれたり支えてくれる人がいるっていうのは。アイドルやりながら、そのミスコンテストも、なんでアイドルなのに挑戦するの、こういうルックスでなんでアイドルやってんのって聞かれることがすごく多いんですけど、でもファンの方との繋がりとか絆っていうのが、普通のアーティストでは見いだせない感じなんですよね、アイドルって。

--そうですか。

藤城 しかもCY8ERって、セルフプロデュースなんで、他のアイドルさんよりもっともっとファンとの絆が自分たちの意思でやってるのがファンの人もわかって応援してくれてるんで、唯一無二のファンの方との絆が築けたので、確かにアイドル時代振り返って得たものっていうのは、本当に素敵なファンの方との繋がり、絆だなって思います。解散してアイドルじゃなくなっても応援するよってみんな言ってくださるんで。

--それは嬉しいですね。

藤城 すごく嬉しいです。

<プロフィール>
藤城アンナ(ふじしろ・あんな)ポーランドと日本のハーフモデル・ミュージシャン。アイドルとして2021年1月には日本武道館で解散ライブを実施。ミス・スプラナショナル日本大会3位・特別賞を受賞。2021年男女5人混成バンドのwachowski(ウォシャウスキ )を結成。バンドではボーカルとキーボードを担当。1stシングル「喪失」を1月29日より配信リリース。特技はドラム

(インタビュアー:山口義徳)

「ハーフモデルの中での自身の強み」や「バンド:wachowski(ウォシャウスキ )の結成」「特技のドラム」エピソードや「あなたにとってのヒーロー」を語るインタビュー後編は下記より

【藤城アンナ】インタビュー後編:ハーフモデルとバンドと自身のヒーロー

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